1.ナレーターから、絵本の読み聞かせの世界へ
「…忙しい朝、まつ毛のカールは30秒でOK!」
パソコンのスピーカーから、耳馴染みのいい女性の声が聞こえてくる。
その言葉の端々からは知性が感じとられ、声に含まれた微笑は母性というものを想像させる。
「声」という媒体だけで、これだけのイメージを伝えられるこの人は、いったいどんな人なのだろうと思った。
皆さんが普段耳にしているテレビやラジオでの、美しい声の女性ナレーター。
女性職業の花形とも言えるその仕事から、「絵本の読み聞かせ」という未知の世界へ転身した一人の女性がいる。
一般社団法人JAPAN絵本よみきかせ協会代表、景山聖子さん。
彼女は以前、NHKを始めとした民放各局でリポーターやナレーターとして活躍していたが、現在では一児の母となり、「絵本の読み聞かせ」を多くの人へ普及することを目的とした法人の代表となった。
いったい何が、彼女の情熱を「声の世界」から「絵本の読み聞かせの世界」へと惹きつけたのだろうか。
そこで、今回のインタビューでは「絵本の読み聞かせ」の魅力について話を伺った。
――絵本の読み聞かせを始めたきっかけを教えてください。
子どもの存在がきっかけですね。
子どもが幼い頃、当時私はナレーターだったので、生番組の収録が夜中にありました。
夜中の3、4時に家を出て行って、子どもが起きる頃に帰るような生活でした。そうすると、現場に行くときに子どもがさみしがるんですね。いくらぐっすり寝ていても、隣にいる私の気配がなくなるということに気付くと、さみしくて玄関まで追いかけてきているようでした。
そこで柔らかいにおいの香水をつけるようにして、くまのぬいぐるみにその香水をちょっとつけて、出かける時に「これママだからね」と言ってあげると、玄関で泣くことがなくなりました。
これでようやく、安心して気持ちよく寝てくれると思っていたんですが、ある日、そのくまのぬいぐるみを抱いたまま玄関で寝て待っていたことがありました。その時に、「これはこの仕事を続ける限界かな」、「こんな思いをさせてまで、変わりの人がいるこの仕事をやる価値があるのだろうか。この子のママは私だけだ」と思いました。
それと同時に、仕事の現場でも「ある感覚」を自分の中で感じ始めていました。
私の当時の仕事内容は、テレビの画面にあわせながら、決められた時間に収める形で原稿を読んでいくことなんですね。例えば「現場を発見、潜入します!」を読むとしたら、この「ます」の「す」をコンマ一秒の中にピシッと収めていく仕事です。
それには「研ぎ澄まされた状態の自分」というものが必要で、そうじゃないと、このコンマ一秒が決まらなくなってくるんですね(笑)。
このように「決めなきゃいけないところ」を「決める」ことによって職場での評価を積み重ねてきた自分が、どんなに気合を入れても、このコンマ一秒がずれるようになり始める日が出てきて…「仕事をしている時」と「穏やかに子育てしている時」の自分の状態の差を調整することに、努力が必要になる毎日が続きました。
そこで、お母さんになったから私はもう生涯母親なんだと考え直しました。それなら、今のこの状態で位置づけられるものの中から今までの自分の経験を活かして、いろんな人に貢献できるものを探していこうと考えて、未分化されていたものを統一化した。それが「絵本の読み聞かせ」に繋がっていきました。
――子どもを持たれたということが、転機になったんですね。
心理学もそれから学ばれたのでしょうか?
心理学の勉強はもともと20代からしていましたが、周りに子育てを助けてくれる人が誰もいなかったことからさらに学習を深めました。私は群馬県の出身なので、両親は群馬にいて、夫もサラリーマンなので早朝に家を出て帰りは深夜になる。そのために孤立していました。
そのような状況で、子育て中に起こる色々なできごとに、どう対応したらいいかという葛藤が生まれて、育児書をたくさん読んだんですね。だけど育児書によって書いてあることが全然違うと気がついて、疑問を持つようになりました。子どもを育てていく過程で、他人の考えで対応し続けていっては、なにかあった時に責任が持てないと思いました。そこから「常に自分の考えで対応したい」と思って、さらに心理学を学ぶようになりました。それにより子育てがかなり楽になりましたね。