銀座の老舗書店「教文館」の6階にある「ナルニア国」は、0歳から18歳までの子どもの本を取り扱うお店です。名前の由来は、イギリスの作家C.S.ルイスによる長編ファンタジー「ナルニア国ものがたり」から。入口にはこのお店が“子どもと本の幸せな出会いの場”となることを願う、ナルニア国憲章が掲げられています。
今回お話を聞かせていただいたのは、書店員の八巻聡子(やまきさとこ)さん。これまで、数多くの子どもの本に触れてきた八巻さんに、ナルニア国が大切にしている絵本選びのポイントについて教えていただきました。
100年愛されてきたロングセラーの魅力
――ナルニア国では、幅広い年齢層の子どもたちに向けた本を取り扱っているのですね。
当店では0歳から18歳の子どもたちを対象にした本を揃えています。中心は、何十年も前から人々に愛され続けてきたロングセラーの本たちです。近年は出版ラッシュのため、絵本だけでも年間1,000冊以上の新刊が出版されていますが、一時的に注目されたかと思えば、次の新刊が登場することで、すぐにブームが収束してしまいます。
一方でロングセラーの本は、国内外で50年、100年と愛され続けています。「古い本」と言われてしまうこともありますが、子どもたちにとって初めて出会う本はどれも「新しい本」なんですよね。
――なるほど。子どもたちに読み聞かせる絵本を選ぶ時には、ぱっと目を引く絵柄のものや、仕掛けが面白いものを手に取りがちでした。長く愛されてきた本には、それだけの良さがあるのですね。
印刷技術の進歩に伴い、色とりどりな表紙や豪華なカバーがついている本も数多く登場しています。そのためロングセラーの本は、一般の本屋さんでは新しい本の中で埋もれがちです。
私たちは、そのような状況の中でもロングセラーを埋もれさせてはいけないという思いを持って売り場作りをしています。たとえば、季節ごとにフェアを組んだり、テーマに応じて作品を紹介したり、ロングセラーの魅力がより多くの人々に伝わる工夫をしているのです。
小学生になっても大人に読み聞かせてもらう経験を
――保育の仕事をしていると「おすすめの絵本を教えてください」と保護者に質問されることがあります。どんな絵本を紹介したら良いでしょうか。
やはり、何十年も子どもたちが手放さなかった絵本を、まず読んでいただくことをおすすめします。お子さんたちとじっくりと本に向き合ううち「子どもたちはこんなふうに絵本を楽しむ」ということが分かってくると思います。
家庭では、本棚に収まる冊数は限られているのが一般的ですから、複数の人が目を通して厳選したブックリストを目安にし、年齢に応じて絵本を選ぶ方法もおすすめです。
――保護者の方の中には、読み聞かせをしているのに、子どもがなかなか字を読めるようにならないと焦っている方もいるようです。
決して急がなくて大丈夫ですよ。1、2歳は繰り返しの言葉を楽しむ時期です。3歳くらいでようやく起承転結のあるお話が分かるようになり、4歳くらいから昔話などの物語を楽しめるようになってきます。1、2歳の子に物語を読み聞かせても、まだ理解できなくて当たり前です。また、字が読めるようになったからと言っても、文字を追っているだけです。長い物語は読めません。でも、読んでもらえれば長い物語も理解できます。それに、文字を追うようになると、絵を見る力は弱くなります。
大人が読み聞かせてあげる経験は乳幼児期だけのものかと思われがちですが、小学3年生くらいまでは大人に読んでもらってもいいのではないでしょうか。耳から言葉を聴き、絵本の絵を隅々までじっくり見る。また、物語の本であれば、ストーリーを頭の中でイメージするという力をつけることの方が、読書につながります。
子どもたちがお話の世界を想像できるような読み聞かせ
――読み聞かせのコツがありましたら、ぜひ教えてください。
私は20年ほど、小学校で読み聞かせボランティアを行っているのですが、5年生のクラスでお話を読んだ時に、印象深い出来事がありました。その日は絵のない本を持っていったので、「みんな、今日は頭の中で絵を考えてみてね」と言ってからお話を読み始めたんです。
お話を読み終えた後、一人の女の子が追いかけてきて、「おばちゃん、今のお話に絵はなかった?」って聞くんです。絵のない本を読んだはずなのに、女の子には絵が見えていたようです。「それはね、あなたが頭の中で描いた絵だよ。よかったね」と言うと、女の子は納得して嬉しそうでした。
現代の子どもたちは、テレビや動画など視覚的な刺激はたくさん与えられています。肉声のお話をぼんやりと聞きながら、ストーリーをイメージする機会が少ないのかもしれません。
力のある本は、子どもたちの中に自然とイメージを広げてくれます。大人が着色したりパフォーマンスをする必要はないのです。特に幼児期は大人に抱っこしてもらいながらお話を聞いて、その世界に浸る時間を大切にしてあげたいですね。
お話を読んだ後の「余韻」を大切に
『ちいさいおうち』(岩波書店)
©Virginia Lee demetorios
――八巻さんのお気に入りの一冊がありましたら教えてください。
バージニア・リー・バートンの『ちいさい おうち』(岩波書店)です。ひなぎくの咲く丘の上に建つ“ちいさい おうち”は、時代の流れのなかで開発の波にのまれますが、やがて、再び田舎に運ばれて、また四季の移り変わりを感じる幸せに包まれます。
“ちいさいおうち”は丘の上から100年という時の流れを眺めています。読み手の心に深く染み入るストーリーを定点観測の手法で、見事に描いているのです。
ページを行きつ戻りつして、細部まで眺める楽しみも与えてくれます。出版から80年近くたちますが、色あせることがありません。
――最後に、保育の仕事に携わっている読者の皆さんに向けてメッセージをお願いします。
本は、特に幼い子に与える絵本は、何かを教えたり、言葉や文字を覚えさせるためのものではありません。
絵本の世界のなかで、子どもたちは遊び、そして帰ってきます。物語をきくことで、別の世界に入っていくこと、そして心の中でいろいろなことを思いめぐらすことは大切なことではないでしょうか。良い、楽しい、美しい世界に身をおくことは、ちょっと大げさですが、人格形成に影響を与えるに違いありません。
物語を聴いた後に、子どもたちがポーっと空(くう)をみているようなことはありませんか?物語の余韻を味わう時間も大切にしたいものです。すぐに大人の側から「何が出てきて何をしたか?」などの復習や問いかけをするのは無粋です。子どもと一緒に(一方的なもくろみではなく)物語を共有した大人はそんなことはしません。そんなふうに絵本を読んでくれる大人のことは、子どもたちは無条件に信頼してくれるはずです。
――ありがとうございました。
ナルニア国には、年齢や性別を問わずたくさんの方が訪れます。小さな子がおじいちゃんやおばあちゃんと一緒に来て、同じ絵本を手に取って語らう姿も見られるのだとか。何十年間も愛され続けてきた本が揃う場所だからこそ、幼少期に読んだ絵本に再会したり、その絵本を次世代の子どもたちに紹介したりすることができるのですね。
子どもたちのための絵本を選ぶ時には、ぜひ訪れたい本屋さんです。
教文館ナルニア国 住所:東京都中央区銀座4-5-1 6F 電話:03-3563-0730 営業時間:10:00~20:00 ホームページ: Twitterページ: |